いざという時の覚悟って何?【ノンカイ ナビ的思考のススメ】
今の時代、一寸先は闇。
明日自分がどうなっているかなんて誰にも分らないものだ。
自分だけが関係する危機なら、なんとしても危機を乗り越えていくべきだろう。
しかし、自分なのか守るべき人(家族、恋人、友人)なのかといった選択が迫られる時はどうだろうか?
何かを守るために死ねるのかという問題について覚悟を決める 【ノンカイナビ的 思考のススメ】
自分だけ命の危険がある場合は何とかそれを回避するために努力を傾けるだろう。
しかし、自分か愛する人か。自分か守るべき家族か。自分か友人か。自分か他の人かという選択が生じたならどうするだろう。
危険が生じたときに自分だけ一目散に逃げるような事はないだろうか。
東日本大震災の時
一目散に逃げて、生き残った人も地獄の場合がある。
津波が押し寄せてきた時、逃げた自分だけが助かってしまったのだ。
後から、再び津波のように押し寄せる感情が苦しみを招く。
つまり、もしかしたらあの時、家に助けに駆けつければ家族を友人を近所の人を助けることができたかも知れないと。
もちろん、ほとんどの場合は無理だろう。同じ家の中に居たのならできたかも知れないが、仕事などで外出中だったりすればほぼ無理。
家に戻る間に自分も波にのまれるに違いない。そのような苦しみを味わっている方なら、だれもあなたを責めたりはしない事を保証する。
考えておくべき点は、目の前に助けることができる人がいる場合、助けるかという点に絞っておきたいと思う。
実際に多くの方がそのように行動した。賞賛すべきことだと思う。
お年寄りを背負って逃げたり、屋上に逃げたりしたのだ。
出来る限りを尽くしたが、途中で生き別れになった方も多いだろう。できる事をやったのだから責めを感じないでほしい。
東日本大震災の時、日本の多くの方が愛する方を守るために懸命に努力を払った事を考えると覚悟をすでに持っている、あるいは覚悟せずとも自然にそうできる日本人も多いのだ。
敬服する。
日本も捨てたもんではないと思う。
交通事故のひき逃げ問題
今回、ナビ助がなぜこんな重たい話題で記事を書いているかと言うと、気になっているのはある種のニュースがとても多いからだ。
それは、ひき逃げという犯罪だ。
最近、すごく多いと感じるのはナビ助だけだろうか。
何かにぶつかったけど何か分からなかったと言うような言い訳をする。しかし、人にぶつかったかも知れないと考える事は無いのだろうか。
例え、ぶつかったのが縁石だったとしても車から降りて、どこか車に傷が入らなかったか確認するものだ。
人かも知れないからこそ逃げてしまったのではないだろうかと考えるのは邪推だろうか?
でも、自分だってどう行動するかなんて、現実にそうなってみないと分からない。現実に直面して初めて人は選択を迫られる。そのとき初めて現実を突きつけられる。
その時、いろんな言い訳が頭を交錯するだろう。
だれも見ていないかもしれない。
証拠は残らないのだ。
テレビカメラのあるような場所でもない。
これなら逃げおおせそうなのだ!
しかし、そんな逃げの思考に負けてはいけない!!
何と言ってもひき逃げは重大な犯罪だ。見つかるケースの方が多いのだ。
死亡事故の検挙率は90パーセントを超えるらしい。逃げても十中八九捕まる。しかも犯罪人としての人生を送らなければならなくなる。
そんな人生は辛すぎるんじゃないだろうか。
では、あらかじめ自分はこうしようと決めておいたらどうだろう。そうすれば、迷う事なく、いや迷うかもしれないが、正しいと思える判断を下す助けになるのではないかと思う。
運転中、なにか大きなものにぶつかった感じがしたら、まず車を停め、まわりを確認すると決めておきたいと思う。
文章で読むと当たり前のことだが。これがとっさに逃げてしまわないための最低限必要な覚悟というものだ。
犯罪に直面した時
例えば彼女と歩いている時、いきなり頭のおかしな奴がナイフを突きつけてきたら?
彼女を残して逃げるなんて事があるだろうか。それとも、自分が盾となりかばうだろうか。
犯罪者に立ち向かうために柔術を習う人もいる。しかし、残念なことに犯罪にあう確率よりも柔術の稽古中の怪我の方が確率が高いそうだ。
立ち向かうのは往々にして危険が伴う。大声を出すのが鉄則だ。しかし、いざという時は声がなかなか出ない。
警報機を持っていればいいが、上手に対処できるだろうか。警報機を相手が探せないような場所にほうり投げるのが有効だと言われるのだが・・・
犯罪に会うかもなんて考えてたら街に出かける事もできなくなる。
そんなことは普段考えずに暮らしたいものだが、時代がそれをゆるさない。
では、そもそも危ない地域とわかっているなら近づかないようにできないだろうか。それも一理ある。
それでも危険にあったら?
お金を要求されたら、お金で済むなら渡してしまおう。くやしいが、それが身を守る一番簡単な方法。
通り魔なら、気づき次第一目散に守るべき人を助けよう。できるなら自分が盾になるつもりで。愛する人を先に逃がそう。
万一、愛する人が怪我をしてしまっていたら、一刻も早く救急車を呼ぶのだ。警察も呼んでもらおう。
悲しいかなできる事も、覚悟も、受け身的だが致し方ない。
乗り物での事故は?
飛行機の墜落事故、バスの横転事故、列車の衝突事故、車の交通事故、フェリーの沈没・・・どれも恐ろしい
これは、かばった所で助かるかどうかは分からないかも知れない。
しかし、自分だけ助かろうというような態度が出てしまう事もあるのでは。それとも、相手を優先して助けようという姿勢があるだろうか。タイタニックのジャックの如く・・・
恐怖のどん底にたたきつけられるような状況で、しっかり落ち着いて守るべき人の手を握り、覆いになろう。それだけでも、安心感は違ってくる・・・と思う。決して自分だけの世界に入り込まないようにしよう。愛すべき人がそばにいるのだから。
修羅場って、いきなり起きるもの・・・だからこそ事前に覚悟が必要【ノンカイ ナビ的観察】
前述の通り、状況は様々だ。絶対にそんな事は起こらないと言える人はいない。
交通事故も、地震も、犯罪も前日から分かっている場合なんてない。
どれも突然に、いきなり襲ってくる。
だからこそ、自分の行動を決めておくことは非常に大事なのだ。そのときになってから考えるような余裕はないのだ。
自分がいざという時どう行動するのかは、その時になってみないと分からない【ノンカイ ナビ的 思考のススメ】
もちろん、決めておいたからと言って必ずそう行動するとも限らない。
実際に問題が突然起きたときに、焦ってしまい、自分を見失う事もあるだろう。
しかし、一旦落ち着いて考えなおせるなら、決めておいた事を思い出すことになる。その際の軌道修正は早そうだ。
決めてないと、とにかく逃げる事だけに終始してしまうのではないか。
じっくりと状況を思い巡らしてシュミレーションしてみよう。
あたかも、その修羅場に直面しているかのようにイメージを膨らまそう。
そうやって自分はどうするか覚悟を決めていくのだ。
決してヒーローになるわけではないだろう。
人をひいてしまったりすれば尚の事だ。でも、すぐに病院へ行けば死なずに済むかもしれない。
それなら、保険で治療費もカバーできるだろうし、慰謝料も支払えるのだ。
過失は無いに越したことは無いが、絶対に起きないとも言えない。
素直に謝って、過失の償いをきちんとしよう。その方が絶対に良い。
通り魔が突然、襲ってきたら愛すべき人を後ろにまわし、大声で怒鳴りつけてやろう。カバンでもなんでも盾にして刺されないようにするのも大事だ。
普段から覚悟を心に決めておくことの大切さ 【ノンカイナビの決意】
こういう事が自然にできる人も多いのだろうと思う。
前もって決めることもなく、自然とできるなんてうらやましい。
でも、そうできない人も多いのがニュースで明らかになっている現実もある。
ナビ助のこの記事が、そんな人にも届いてほしい・・・と思ったりする。
ナビ助の勝手な思考のススメでした。